がんとむきあう会の活動を応援してくださる
みなさまからのメッセージを紹介します。
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山出 保

石川県中小企業団体中央会会長/前金沢市長
90年金沢市長に初当選。5期20年にわたり在職。03年から2期4年、全国市長会長を務める。日本建築学会文化賞、日本都市計画学会石川賞、レジオン・ド・ヌー勲章、北國文化賞などを受ける。

私も応援します 山出保

希望の灯は消さないように

金沢は、福祉の土壌の豊かなまちです。私立幼稚園の数は34ですが、公立幼稚園は1つです。一方、私立保育所・認定こども園の数は98で、公立保育所の14よりはるかに多く、民間と地域の善意に支えられています。また、まちなかに小福祉活動の原点ともいうべき、全国に特異な施設の善隣館が、11あって活動しています。
そんな金沢に、「がんとむきあう会」ができたのが2010年のこと。「金沢らしいマギーの実現」に向けた活動が続けられており、会員各位の真摯なご努力に深い敬意を表します。
さて、この会から先年、「金沢らしさとは何か」について、意見を求められたことがあります。私なりに「金沢らしさ」の要素として、一つは、まちと人の「親しさ」、二つは、緑と水による「癒いやし」、三つに、金沢の町が、格式を重んじる武家社会に由来することからの「こだわり」、四つに、雪道を譲り合うなどの「思いやり」を挙げました。
マギーの家は、でっかくて、デラックスであればいいというものではありますまい。小さくとも、そこに家族や友人、近所の方々も集まってきて、ホスピスの患者たちに限りある先に進む勇気をもたらす、心の通うハイレベルな安息所こそ望まれます。
「がんとむきあう会」はSlow(ゆっくり)、Steady(確かに)、Sustainable(持続できる)を合言葉に、仲間を増やしながら灯は消さず、流れは止めず、地道に歩みを続けていくなかに、きっと一筋の光明が見えてくる筈です。
会員の皆さまのあくなきご活躍と最後までのご尽力を切に願って止みません。

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岸本葉子

エッセイスト
01年虫垂がんの治療を受け、NPOがんサポートコミュニティへの参加を機に、執筆活動の傍ら対がん活動にも携わる。日常生活や旅をテーマにしたエッセイを数多く発表。

私も応援します 岸本葉子

自分に再び出会える場所

がんを抱えると、いろいろな「フリ」をします。本人も、家族をはじめとする親しい人もそうです。仕事場では来年という時間のあるのが当然のようなフリ。お互いどうしでは、悲しんでなどいないフリ。自分自身に対しても、怖がってなどいないフリ。病院では意志決定をすぐできて、迷わず治療に進んでいけるフリ。
「フリ」が自分をかたちづくり強くしていく面もあります。でもそればかりでは疲れるし、ときに力が出なくなります。
表情を作らなくていい、自分を励まし周囲を安心させるようなこと言わなくていい。口をひらきたくなったとき耳を傾けてくれる人がいればありがたいけれど、結論を急ぐ話はしなくていい。そうした時間を持つことで、頑張るうち置き去りにしてきた自分と、再び出会えるのだと思います。
ほんとうはがんを抱えた人に限らず、必要な時間なのでしょう。誰もみな心や体のどこかに弱さを抱えているのだから。
そうした時間の流れる場のモデルのひとつが、イギリスにあります。でも「がんとむきあう会」の仲間は、それをそのまま金沢に移し替えようとは考えませんでした。金沢だったらどんなマギーがいいだろうと、真摯に謙虚に問い続けています。
私は前から旅行者として、金沢が好きでした。金沢を愛し金沢らしい安らぎと再生の場を実現しようとしている人たちとその活動にふれ、金沢がもっと好きになりました。これからもずっと応援していきます。

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秋山正子

白十字訪問看護
ステーション 統括所長
暮らしの保健室 室長
NPOmaggie`s tokyo共同代表
実姉の看取りを経験し、92年から東京都新宿区で訪問看護に取り組む。11年には高齢化の進む大型団地「戸山ハイツ」に暮らしの保健室を開設。2014年にスタートした「maggie's tokyo project」の共同代表を勤める。

私も応援します 秋山正子

あの日を忘れない

2010年2月20日 金沢大学がんプロフェッショナル養成プログラムの一環として「がん患者さんの声からつくる支援のかたち」と題し、イギリスから、マギーズセンターCEOローラ・リーさんとサラ・ビアードさんを招いて開いたシンポジウム。
そこに当時は淀川キリスト教病院ホスピス病棟(現・京都大学教授)がん看護専門看護師の田村恵子さん、そして東京から日本にマギーズセンターをとの思いで活動を始めた訪問看護師の秋山が加わりました。このあとすぐ3月16日にはNHKプロッフェッショナルに取り上げられたので、その前に、やはりプロフェッショナルに取り上げられた田村さんと並ぶのは、意味ある偶然だったと思います。
あの日のわずかな時間、英国からのお二人を兼六園にお誘いしました。日本庭園の素晴らしさを堪能したお二人は、マギーさんが造園家であり、中国式庭園を得意としたことなども話され、こういった景色が見える所は素晴らしいと絶賛されました。また、マギーズセンターは原則がん治療病院の横に建てるという事もあり、金沢大学病院関係者が関心を示されている事も着目されました。
あの時に、集まった医療関係者のみならず、一般市民の方の関心の高さと、熱気は忘れることができません。そこから始まった「金沢一日マギーの日」も回を重ねて5年、月日の流れを感じつつ、金沢にあの日に蒔かれた種は、少しづつ少しづつ芽を出そうとしている蠢うごめきを感じています。マギーズ東京はいよいよ現実味を帯びてきました。金沢は金沢流に「金沢の景色」に合う形で進んでいかれることを期待しています。

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丸谷誠一郎

(株)丸八製茶場
代表取締役会長
息子に社長を譲って丸2年経ち、ゴルフ三昧の日々。

私も応援します 丸谷誠一郎

がんとむきあう日

がんの早期発見が大切ということから、私も40歳の誕生日から健康診断を年一回受けてきて、その結果に一喜一憂を20年間繰り返してきました。そして幸い大病もせず還暦を迎えて、年一回の健診を止めることにしました。
検査の苦痛と二次検診への不安に毎回怯えておろおろしている自分の小心さに嫌気がさして、還暦以降の健康はもうけもの、これからどのような病気もすべて引き受けようと、小心者ゆえの開き直りを決断しました。健診をやめて8年、その間に多くの知人友人が、がん患者となったり、亡くなったりしていますが、健診を再開する勇気はありませんでした。
そんなときにがんとむきあう会に出会って、誰もががんを抱える時代に私に何かできることがあるだろうか? と思うようになりました。
今まで、がんを避けて、逃げてきた私にとって、来年古希を迎える今こそ、がんとむきあう日にしたいと思っています。

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田村恵子

ともいき京都 代表
京都大学大学院医学研究科 がん看護専門看護師
日本の末期がんのホスピスケアの草分けである淀川キリスト教病院で27年間看護師を務める。08年NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で紹介。14年「後進を育てるために」京都大学医学研究科教授に転身。

私も応援します 田村恵子

金沢らしいマギーの実現に向けて

「がんとむきあう会」発足5周年おめでとうございます。
皆さまとの出会いは、2010年に開催された「がん患者さんの声からつくる支援のかたち」でお話をさせて頂いたことです。私は、ちょうどその少し前に、イギリスのマギーズがんケアリングセンターの働きを知り、もっと詳しく知りたいと思っていました。
先の企画は、私にとってはまさに渡りに船で、わくわくしながら金沢を訪問させていただきました。会場の北國新聞赤羽ホールはマギーズ一色で、たくさんの市民の方々、学生、医療従事者で大賑わい。その様子に驚きと感動を覚えました。そして、心の中で「作るぞ!マギー」と密かに誓いました。その後、金沢では、「金沢一日マギーの日」が毎年開催され、今春からは「食事の教室 くでん」も開催されているとお聞きしました。ステキです!!!
そして、密かに誓った私は、ようやく2015年の7月10日に有志と共に「ともいき京都」をオープンしました。月2回、築約150年の京町家をお借りしての活動です。まだまだよちよち歩きですが、がんを体験した人が生きる力を発揮して、知恵を育み、周りのいのちと共に生き支え合うネットワーク創りをめざしていきたいと思っています。
「がんとむきあう会」の皆さまも、金沢らしいマギーの実現に向けて、これからもステキな仲間で頑張ってください。いつか一緒に企画ができることを夢見つつ、ますますのご発展を心よりお祈りいたします。

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垣添忠生

国立がんセンター名誉総長/日本対がん協会会長
75年から国立がんセンター病院に勤務。02年総長に就任。07年に退職し10年まで名誉総長を務めた。09年に妻をがんで亡くした体験を記した『妻を看取る日』(新潮社)を上梓。

私も応援します 垣添忠生

人は希望があれば生きられる

終末期のがん患者の最期の二~三ヶ月は辛い日々だ。肉体的にも精神的にも。しかし、僅かな慰めからも人は勇気を得る。
抗がん剤の副作用で昨日まで痛くて飲めなかったお茶が今日は飲めた。あるいは、明日は一ヶ月半ぶりに自宅に帰れる…。そんな僅かな喜びが希望につながる。
健康な人でも、気持が萎える機会は多い。病者と健常者に共通する小さな希望、勇気を得るきっかけは、例えば美味しいものを食べること。うまい酒がついてくれば言うことはない。
私の妻が亡くなる一カ月前、病室で妻がむしった越前がにを、私が持込んだ吟醸酒で乾杯し口に運んだときの二人の数時間は忘れ難い。
がんとむきあう会が食事を大切にしておられるのは卓見だと思う。私も体験させていただいた。食事の教室くでんで供せられた地元の料理の数々のおいしく温かったこと。私だけ金沢の銘酒二種類まで飲ませていただいた。西村先生を中心とする会のメンバーの、緊張感がまったく無い、それでいて皆さんが喜々として働く雰囲気は、がんとむきあう会のいつもの活動をそのまま彷彿とさせる。くでんの町屋の佇まいもすばらしいが、十一月には兼六園にも医療機関にも近い、新しい拠点に移動されるという。こうした家の提供も、会の活動もすべてが寄附とボランティアによっているという。わが国に共助、共生社会を創ることを願ってきた私にとって、眩しいものを眼にした感がある。こうした活動のすべてが、がん患者、家族の希望につながる。二つの川が流れ、武家社会の格式と華麗な文化が息づく街、金沢にふさわしい元ちゃんハウスの完成を共に喜びたい。

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宮崎典子

越屋メディカルケア(株)
金沢市河原市町に本社を置く。「がん患者へのトータルサポート」をコンセプトに自社製品の開発にも力を注ぎ、認定看護師との連携や、各種勉強会・セミナーの開催、全国規模の学術大会への出展などにも幅広く取り組む。

私も応援します 宮崎典子

地域に開放された居心地の良い空間に

元ちゃんハウス、オープンおめでとうございます。私がマギーズがんケアリングセンターを知ったのは北国新聞交流センターで開かれた2010年の市民公開講座でした。
弊社は「患者さまをトータルにサポートさせて戴く」という理念を掲げて活動を行っておりますが、その時イギリスよりマギー関係者の方が来賓され、「イギリスでは建物も運営も全て寄付で賄っている」という寄付の文化の違いに圧倒されました。この時感銘を受け、弊社スローガン「Total support for cancer patients」が誕生した経緯もございます。
2016年3月5日の北国新聞「西村先生闘病連載記事」で「空き家の提供があれば」という記事を読み、私は心が動きました。なぜなら奇しくも弊社が2016年の4月に移転を控えていたからでした。そして西村先生に有効活用して戴ければ、という旨のメールを送らせて戴きました。
その後「がんとむきあう会」の方々に建物をご確認戴き、今日に至ったわけですが、仕事で使っていた時の社屋とは一変した、とてもすばらしい改修後の建物を拝見し感激いたしました。
多くの専門職の方々が関わり、患者さまが孤立せず地域で安心して暮らせる元ちゃんハウスは、これからの予防医学の観点からも患者さまのみならず、地域に開放された居心地の良い空間になることと確信しております。